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Acerca de

の名残

小説:浮田

土方歳三。クラス、バーサーカー。レアリティ、五。

明治維新にまつわる限定特異点にてカルデアと縁を結 び、後に召喚に成功。バーサーカーの中では理性が高 く平常の会話も成立するが、所属していた組織『新選 組』に関してはクラス相応の狂気を見せ、認知の齟齬 を起こす。

 マスターである藤丸に対しては新選組の隊士という 認識であり、否定をしてはならない。一方で己はサー ヴァントだという自覚はあり、藤丸の命令もある程度 は受け入れる冷静さを兼ね備えている。

 性格は理性的で戦略家の側面が強い。兵士としては 窮地でこそ強くなるが、窮状を望んではいない。魔術 の素養もなく、極端な魔力消費を必要とする技を持っ ていない反面、窮地で力を増す特性は霊基に絡んだ魔 神柱・アンドラスに由来している可能性もある。

 総じて、御しやすく信頼に足る存在である。必要コストを除けば使用しやすいサーヴァントと言える。

 カルデアが正している特異点は、観測されたすべて を藤丸立香に伝えるものではない。大抵はイフの歴史 が案件の一つとして浮上し、危険度に応じて対処する。 決して悪いことばかりでもない。

 戦闘時特殊能力変更事案:通称『強化クエスト』に ついての案内̶̶──綴じられた紙を行きつ戻りつしなが ら、歳三は小さな少女の姿をしたダ・ヴィンチから話 を聞いていた。

「つまり、キミが強くなる可能性があるってことさ」

「修行みてぇなもんか。戦場に支障がないなら受けよう」

「返事が早いのは助かるけどね、一応デメリットの欄 にも目を通してほしいんだな」

 言われて紙をめくる。一枚目はタイトル、二枚目は 修行の方法について。自身の内的空間に飛び込み、何 かを成し遂げること。藤丸を伴ってしまうと、ただで さえ膨大な歴史の枝分かれがさらに増える可能性があ るので、カルデアでは解像度を下げて戦闘を数回行う 形で達成すること。三枚目にはデメリットがあった。

「正直、悲しい出来事を直視する可能性が高い。何が あったか話してくれたサーヴァント曰く、大事な人との別れだとか、死ぬ間際にあった裏切りだとか、そういったものの再演だ。もちろん、ただ強敵とぶつかって戦ったと言った英霊もいたけどさ。幻覚だけど愛し た人から罵られたという話も聞いた」

「……」

 悲しい出来事という幅広い表現が、自分の中に腑に 落ちなかった。己の道のりは英雄のものとは違う。厳 しい規律を隊内に敷き、拷問を行い、激動の中で戦場 に立ち続けた。鬼と呼ばれた己にどのような暗い影が 落ちるのか、想定すればいくつも出てくる。

「そういう闇を直視して、乗り越えられる勇気はあるだろうか? いや、乗り越えてまで強くなることを、キミは望むかい、土方歳三」

 宝石のような青い瞳が言葉よりも雄弁に問う。百を 超える英雄を抱えるカルデアにおいて、毎度毎度こんな会話をしているのかと思えば、この女も忙しいことだ。

「構わん。手筈を整えてくれ」

 歳三は僅かに引っかかる内心を飲み込んだ。心を切 り捨てれば、感じることをやめれば、咆哮と鳴り止ま ぬ放銃の中でも臆さずにいられる。だがその変わらぬ 表情をどう捉えたか、ダ・ヴィンチは少しだけ首を振った。

「ただ出てきた敵を殺すんじゃない。いいかい、キミの心を、精神を見つめ直す修行だ。冷たく切り離して いたのでは終わらないよ。それを忘れないでくれ」

 通常の聖杯戦争とは何もかもが違うため、藤丸に適 した戦いのやり方がある。勝つためには闇雲に剣を振るっていればいいわけではない。彼女は医師のような もので、歳三を強くする術を見つけてくれた。

 理解はしているが、一瞬チリッと頭に火花が飛んだ。 師に説教をされた理不尽な怒りにも近い。いつか誰か にそう言われた気がしたのだ。

 

 歳三は己が死んだという自覚がない。戦場に立ち、 一歩も引かなかった。いつしか周囲が見えなくなっていたが、迫り来るものがあった。新政府軍、薩摩、長州、敵は次から次へと歳三の前に現れ、あの手この手 で打ち倒そうとしてくる。そうはなるものかと剣と銃 を手にしているうちに、不恰好な沢庵のような存在と邂逅し、気付けばここに居た。

「明治維新で会ったんですよ。そのときは召喚できな かったけど、今回は成功した!よろしくお願いします、そして、あけましておめでとうございます」

 陽気に挨拶した子供は藤丸と名乗った。召喚された 途端に自身が英霊であり、地球は崩壊の危機にあるこ とを知ったが、歳三は混乱もせずすぐに飲み込んだ。

 明確な敵がいるならば分かりやすい話だ。次こそ必ず倒してみせる。そういう自信があった。勝鬨をあげて再びの新選組で祝杯を上げるのだ。当然のごとくに 新選組を思うことこそが狂気であるとは自覚せずに。 此度の軍団はカルデアと名乗り、拠点は吹雪の止まらぬ雪山から、海の広がる島になった。どうも実際には海ではないらしいが、魔術と縁遠い歳三には理解が難しい。

 無機質なブリーフィングルームを出ると、廊下には 窓を模したモニターが切れ目なく配されている。各国 の景勝地が映し出されていて、今は陽炎の立つ砂漠が 延々と続いていた。体感では暑くも寒くもないし、自分だけのクエストを控えた歳三には、詩作に耽る感性 も遠ざかっていた。

 部屋は生前の縁で結ばれた者で割り当てられているが、歳三は誰とも同室ではない。他にも同じ時代を生きたサーヴァントはいるが、志を同じくする者ではなかった。

 新選組は一人だ。だが、歳三がいればそこが新選組 になる。それは自身で掴み取った生涯の答えだった。

 

***

 

 その晩、夢を見た。ある男と二人で、狭い路地裏で 身を寄せ合って話している夢だった。

「正しい、間違ってるっていう尺度じゃないでしょう」

 妙に老生して見える灰色の髪の男がぽつりと言う。 京の町並み、密会に使う茶屋のさらに裏手で、笠の向こうの歳三に目を合わせずに呟いたのだ。

「……俺が事の真贋をお前ぇに問うたか?」

「いやいや、怒らないでくださいよ。独り言ですって」

 こういう密偵のようなことをよくさせた記憶がある。 だというのに、口からは何も知らない死ぬ前の自分のような言葉が出てきた。これは記憶の再演であり、英 霊の自分に介入する余地がないためだろう。

「真は局長にあるんだから、副長は、そうですね……」

 本心を冗談で塗すような男だった。続きの声は白く飛んでいく。見飽きて改めようともしなかった顔を確認しようと、どうにか首を起こしたあたりで̶̶── 歳三 は肘をつき、寝台から這い出た。

 

 単独レイシフトは経験がない。バーサーカーには許されていないのだ。歳三なりに戦略を巡らせ、装備品 を揃えて身支度を整えた。当代に使われていたものし か持ち込めないと書いてあるため、何かと便利に使っていた通信機は置いていく。

 食事も数日分は必要になるだろう。食堂を覗くと、 「ああ、来てくれた」とエミヤが小包を取り出した。話 が通っているようだった。

「握り飯と干し肉だ。熱量はじゅうぶんあると思う」

「なぜ重箱にしない?キャットはご主人のためなら フルコースでも満漢全席でもこしらえるぞ」

 後ろから出てきたのは調理を任されている猫耳の女 だ。同クラスのバーサーカーで組むこともあり、乳がよく張っているので歳三の目を引いた。よく暴れて飯を作る、健康的な女は見ていて安心する。

 エミヤは薄く笑みを浮かべた。小包を開くと、小分 けにした竹皮の包みが三つほど入っている。

「ピクニックじゃないんだ。それに、副長は質素な食 べ物が好きでね。かわりに沢庵はきちんとつけておいたから、安心してくれ」

「気が効くじゃねえか、助かる」

 ほんのりとした温もりと共に微かな魔力反応が感じられ、その気遣いに感心した。歳三は結び目を直すと 風呂敷へと押し込む。

「……土方副長。何度か強化クエストを行なった私からの差し出がましいアドバイスだが。あそこで見たものを本気で受け入れてくれ。他人事と思わず、自分の 乱れる感情を正面から認めて、初めて自分は乗り越えられるのだから」

「忠告ありがとう。沢庵のついでに覚えておいとくさ」

 レイシフトのための部屋へ辿り着いた。職員たちは みな別室だ。外套を脱ぎ捨てて瞳に炎を灯らせる。や や胸元が無防備な着物姿になり、歳三は行き先も知ら ないレイシフトをした。

 

***

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